大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和37年(ワ)769号 判決

主文

被告久本は原告に対して四五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年八月一一日以降完済まで年五分の割合による金員を、被告富沢は原告に対して三八〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年八月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

原告において被告久本に対して一五〇、〇〇〇円の、被告富沢に対して一二〇、〇〇〇円の担保を各供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、原告は被告久本より昭和三七年一月二七日藤島武二筆と称する油絵(風景、額縁付二号)一点を代金三八〇、〇〇〇円で買受け右代金はその頃支払い、同年二月一二日古賀春江筆と称する油絵(木蓮、額縁付一〇号)一点を代金一七〇、〇〇〇円で買受け、代金中七〇、〇〇〇円はその頃支払い、残代金の支払いに代えて原告所有の有島生馬筆油絵一点を譲渡する約定のところ同被告は未だにこれを引取つて行かない。

二、原告は前記油絵の買受けについては真贋の鑑識能力はなかつたけれども、同被告は予てから原告方に出入りする表装師であり、特に藤島武二筆と称する油絵については出所も確かであつて何れも真作にまちがいない旨言明するし、且つ価格も相当高価なものであつたので何れも同被告の言を信じて買受けた。

しかしその後これらを識者に鑑定してもらつたところ何れも贋作であることが判明した。

三、原告は本件油絵が真作でないとすれば前記のような価格で買受けなかつたことは勿論であり、又本件売買は本件油絵が真作であることが最も主要な要素であつたから、これが贋作であるとすれば所謂法律行為の要素に錯誤があるものとして本件売買は当然無効というべきである。

よつて同被告に対して已に支払つた代金合計四五〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三七年八月一一日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告久本は前記原告の買受けた頃被告富沢から藤島武二筆と称する油絵を二八〇、〇〇〇円で、古賀春江筆と称する油絵を一〇〇、〇〇〇円で各買受け、右代金は已に支払いずみである。

五、而して被告久本も右油絵の価格、被告富沢から聞かされた出所等から真作と信じて買受けた上原告に転売したものであつて、これらが贋作であるとするならば右売買も要素の錯誤があつたものとして無効である。

六、したがつて被告久本は被告富沢に対して已に支払つた右代金の返還請求権を有するところ、被告久本は自ら右権利を行使しない上無資力であるので、原告は同被告に対する前記返還請求権を保全するため同被告に代位して被告富沢に対して前記油絵代金三八〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三七年八月一〇日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。と述べ、

被告富沢の主張事実を否認した。

立証(省略)

被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、被告久本は答弁として、

原告主張の(一)ないし(三)の事実をすべて認め、甲第一号証の一、二は不知。と述べ、

被告富沢訴訟代理人は答弁並びに抗弁として、原告主張の(一)の事実中原告と被告久本間の本件油絵の売買の日時は知らないがその余は認める。(二)、(三)の事実は争う。本件油絵は真作である、(四)の事実は認める、(五)、(六)の事実は争う。又被告久本と被告富沢間の売買においては作者が誰であるかはそれ程重要なものでなく、したがつてそれが贋作であつたとするも売買に要素の錯誤があつたことにはならない。仮に要素の錯誤があつたとしても、実質的に画商的業務に従事していた被告久本が右売買に際し本件油絵を慢然真作なりと信じたことは重大な過失というべく、したがつて同被告は右売買の無効を主張し得ない。よつて原告の本訴請求は失当である。と述べた。

立証(省略)

理由

一、先づ被告久本関係について考えるに、原告が同被告から本件油絵二点を五五〇、〇〇〇円で買受け、うち四五、〇〇〇円を支払つたこと、原告には油絵の鑑識能力はなく、かねてから原告方へ出入していた表装師たる同被告から藤島武二筆と称する絵は出所もたしかであつて何れも真作にまちがいはない旨聞かされ、これを信じて右価格が買受けることにしたこと、然るに右油絵は何れも贋作であることが判明したこと、右油絵が贋作であるとすれば原告は右のような高価で買受ける筈はなかつたこと等の事実は何れも同被告の認めるところである。

右事実からすれば原告が本件油絵をそれぞれの作家の真作であると信じたことは売買の動機ではあるが、右動機は右売買契約の内容となつたものであつて、しかもその最も重要な要素であつたものということができ、したがつて右油絵が何れも真作でなかつたのであるから、右売買契約には要素の錯誤があつたものとして無効に帰することになる。

したがつて同被告は原告に対して受領した代金四五〇、〇〇〇円を返還すべき義務があるものというべきである。

二、(1) つぎに被告富沢関係について考えると、被告久本が被告富沢から本件油絵二点を合計三八〇、〇〇〇円で買受け代金を支払つたことは当事者間に争いがなく、被告ら各本人尋問の結果によれば、かねてから表装師の傍ら画商的業務に従事していた被告久本は原告からよい絵を世話してもらいたい旨の要請を受けて、顔見知りの絵の愛好家たる被告富沢方を訪れ数点の油絵を見せられたが、本件二点の油絵には何れも作者と称せられるものゝ署名があり、被告富沢もこれらを真作と信じており、特に藤島武二筆と称する油絵は大分県議会の元議長の所蔵品であつた旨告げたことに加えその図柄、筆致等からみても真筆に間違いない旨信じて買受けたものであること、右買受け価格は右作家と称せられるものの作品の時価と著しく異るものではないこと等の事実を認めることができ、これらの事実を綜合すれば右売買契約も右作家の真作であることが売買契約の内容となり、しかもその最も主要な要素となつたものと認めるのが相当である。

而して鑑定の結果によれば本件油絵は何れも贋作であつたことが認められるから、前記売買契約は要素に錯誤あるものとして無効というべきである。

(2) つぎに同被告の抗弁について考えると、被告久本は本業たる表装師の傍ら画商的業務に従事していたこと、本件油絵を買受けるにあたり、専ら被告富沢の言や自己の鑑識眼にたより、専門家の鑑定を求めたりする等の方法を講じなかつたことはさきに認定したとおりではあるが、右のような事実のみをもつて直ちに右売買につき被告久本に重大な過失があつたものということはできない。以上のとおりであるので被告富沢は被告久本に対して前記売買代金三八〇、〇〇〇円を返還すべき義務があることになる。

(3) つぎに被告久本が原告に対して本件油絵を五五〇、〇〇〇円で売渡し、うち四五〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、証人古賀喜美枝の証言に被告久本本人尋問の結果に徴すれば右売買当時の事情が前記一、記載のとおりであつたことが認められ、本件油絵が贋作であつたこと前記認定のとおりであるから、右売買契約も要素に錯誤があつたものとして無効で、被告久本が原告に対して売買代金四五〇、〇〇〇円を返還すべき義務があることも前記一、説示のとおりである。また被告久本本人尋問の結果によれば同被告が無資力であることが認められるから、原告の被告久本に対する右売買代金返還請求権を保全するため、同被告の被告富沢に対する前記売買代金返還請求権の代位行使は適法なものというべきである。

三、叙上のとおりであるから被告久本に対して四五〇、〇〇〇円及びこれに対する同被告に対する訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和三七年八月一一日以降、被告富沢に対して三八〇、〇〇〇円及びこれに対する同被告に対する訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和三七年八月一〇日以降各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求はすべて正当としてこれを認容すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例